流山市は千葉県の北西部に位置する人口約15万人、面積約35km2の市です。東京から30km圏内にありながら常磐線が市の中心をはずれて通っているため都市化が遅れていましたが、常磐自動車道が横断、流山ICの設置、常磐新線の計画により徐々に宅地開発が行なわれています。一方そのような状況により、まだまだ市の各地区には緑が残されており自然環境の破壊を免れてきたとも言えます。市の北部は江戸川に接し田畑が広がっているので、春の散策にはもってこいです。
流山市は東に柏市、西に江戸川をはさんで三郷市、南に松戸市、北に野田市に接しています。江戸時代ごろは、利根川から江戸川へぬける際の宿泊地になっていたのでけっこう賑わったようです。市役所近くの旧流山街道に若干その面影が残っています。新撰組の近藤勇が戦いに敗れ流山に逃れてきて、この地で自首したことや、俳人小林一茶が幾度も訪れていたということが流山の歴史のトピックスです。
流山市民憲章
流山市は、江戸川の流れも清く、東に筑波の峰、西に富士を望む、緑豊かな美しいまちです。私たちは、万葉の昔から穏やかな風土にはぐくまれたおおらかな気風と、平和と繁栄を目ざす市民の生活が調和する、うるおいのある郷土をつくるために、この憲章を定めます。
私たちは、自然を愛し、清潔で環境の整ったまちをつくりましょう。
私たちは、理解と尊敬とをもち、お互いにたすけあう住みよいまちをつくりましょう。
私たちは、教養を高め、文化の薫り豊かなまちをつくりましょう。
私たちは、勤労を尊び、健やかで明るい家庭の、楽しいまちをつくりましょう。
私たちは、老人と子供を大切にし、夢と希望にみちたまちをつくりましょう。
(昭和52年1月14日)
人 口
平成11年12月1日現在
合計:150,366人 (前月比 150人増)
世帯: 52,826世帯(同 116世帯増)
市の花と木
市の花は「つつじ」、市の木は「つげ」
姉妹都市
福島県相馬市
相馬藩主の故郷が流山だった縁で、昭和52年1月「野馬追い」で有名な相馬市と姉妹都市になりました。平成3年6月には相馬市内に「流山市民ふれあいセンター・相馬ユートピア」が建設され流山市民、市内在勤・在学者が利用できます。
長野県信濃町
利根運河
流山市と野田市の間を江戸川から利根川まで結ぶ利根運河は延長約8.5kmで日本一の長さです。江戸時代、東北方面から海をつかってやってくる物資は房総半島を回らず銚子から利根川に入り、川をさかのぼり関宿から江戸川を下り江戸に運ばれていました。これをショートカットするために、明治時代に入ってから利根運河が建設されたのです。しかし、明治23年(1890)に開通したものの総武本線の開通などにより、運河が行き交う舟で賑わったのはほんの20年間ほどだったようです。現在は一部が「運河水辺公園」として整備され子供たちの遊び場になっています。
『CANAL REPORT(運河通信)』
総合運動公園
「総合運動公園」は広さ17.9haで、陸上競技場、体育館、野球場、テニスコート8面、ミニアスレチック、湿生植物園そして広場などの施設があります。もちろんそれぞれの施設は利用できますが、秋の「市民まつり」は大変な賑わいになります。
休日の広場は家族連れが沢山集まり、運動をしたり、お弁当を広げたり、バーベキューも結構見られ、なかにはテントを張ってデイキャンプをやってしまう人もいるぐらいに自由な雰囲気でのんびりしています。
新川耕地
市の北部、利根運河まで広がる広大な水田地帯。常磐自動車道の流山インター周辺です。水田とその間の休耕田には、ヒバリ、ダイサギ、オオヨシキリ、ハクセキレイなどの野鳥が多く見られバードウォッチングの場となっています。ザリガニも沢山います。また夏にはホタルが観察できるそうです。
総武流山電鉄線
流山を通る鉄道は、JR常磐線と武蔵野線、東武野田線、そして総武流山電鉄線です。なかでも流山線は全部の駅が5つ(馬橋、幸谷、小金城址、鰭ヶ崎、平和台、流山)で、約11分の距離を、2両あるいは3両の電車が単線を走ります。電車の車両はそれぞれ色が異なり、さらには、青空、明星、菜の花、流星など名前が付いていて、乗客も親しみを込めて、「菜の花が来た」などと会話しています。
今どき、ホームのどこでも喫煙ができる。なかには電車待ちの列に並んだまま一服という人もいる。ルールもローカルだ。
「ある日の流山電鉄」
総武流山電鉄線 馬橋駅時刻表
| 時 |
平 日 |
時 |
休 日 |
| 5 |
22 46 |
5 |
46 |
| 6 |
12 27 40 53 |
6 |
23 47 |
| 7 |
06 19 32 45 58 |
7 |
05 25 45 |
| 8 |
11 24 37 52 |
8 |
02 20 39 56 |
| 9 |
08 21 34 51 |
9 |
11 29 44 59 |
| 10 |
05 18 31 48 |
10 |
13 26 41 55 |
| 11 |
05 21 39 54 |
11 |
09 27 41 57 |
| 12 |
09 28 45 |
12 |
15 30 50 |
| 13 |
05 21 38 52 |
13 |
05 24 40 |
| 14 |
09 27 42 |
14 |
01 24 40 |
| 15 |
02 17 30 47 |
15 |
00 17 31 48 |
| 16 |
01 14 29 47 |
16 |
06 24 41 57 |
| 17 |
00 15 29 46 |
17 |
11 27 41 58 |
| 18 |
01 15 32 45 |
18 |
15 29 45 59 |
| 19 |
00 16 29 44 58 |
19 |
14 33 49 |
| 20 |
11 26 42 56 |
20 |
03 22 41 |
| 21 |
10 24 40 55 |
21 |
04 30 50 |
| 22 |
10 27 45 |
22 |
28 53 |
| 23 |
01 17 35 55 |
23 |
27 |
【参考文献】
- 『ながれやま 市民ハンドブック』(流山市、1992.3.)
- 『広報 ながれやま グラフ版 No.11』(流山市、1993.2.)
- 『イラスト ながれやま物語』(おの つよし、崙書房、1989.10.)